ロイヤル オークと刻む麗しのラグジュアリーステイ
「この時計とともに時を楽しむことで、幸せな生き方ができる」
『ロイヤル オーク オフショア 30年の歩み』展がオーデマ ピゲ ブティック 銀座で開催中
ONとOFFを彩る“CODE 11.59” &“オフショア” CASE 2
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MY AP STORIES /
2022.04.28
時間の大切さ肌身に感じる40代を迎え、「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」をパートナーとするビジネスパーソンの植島幹九郎さん。起業家として走り続けた20年余り。人と人とを結びつけてたどり着いた現在地でもなお未来に向かうその原動力と、人の手による精緻なつくりの腕時計との共通項を探る。
「物理が好き、数学が好き。だけど、はたして自分は職業として何がしたいのか」 理系学生の就職支援サービスをスタートしておよそ20年を迎える植島さんが、創業時を振り返る。東大工学部3年生だった当時、多くの理系学生が抱える進路の悩みを、同様に漠然と抱えていた。ほぼ9割に及ぶ理系学生が大学院に進学するという状況のなかで、改めて自分の進路を自問することになった。 「進学すれば、研究分野の専門性は高まっていきます。一方、進学しない場合は、ほぼ半分くらいの人が、教授推薦という枠で企業へ就職する道もあります。ですが、それらが自分の本当に進みたい道なのか。理系が好きという純粋な思いをいざ仕事と結びつける際に、どうすればいいのかがわからなかったんです」 そんな状況下で植島さんが選んだのは、進学でも就職でもない、起業という道だった。何がそうさせたのだろうか。 「理系ナビを事業として立ち上げたのは、まさに自分の就職問題への課題解決そのもの。同じ22歳でも、文系学生に比べると理系学生の就職情報は非常に少なかったんです。特に研究室に篭ると、外の情報なんてほとんど入ってきませんし。なので、理系分野の就職情報を的確に収集して、就職活動をサポートできたら事業として成立するのでは、という思いが起業のきっかけでした」 大きく影響を与えたのは、現在オイシックス・ラ・大地を経営するベンチャー起業家の先駆けでもある高島宏平氏の存在だそうだ。 「実は、大学の先輩である高島さんの事業を学生時代に手伝っていたんです。今でこそ大きな事業ですが、当時はマンションの一角で行われていたベンチャーの勢いを、そして、魅力を、自分も夜な夜な手伝うことで知ってしまった。自分も起業をしてみたいと思いました」
ベンチャー起業が成長する現場に立ち会うことになった植島さんは、そうしたゼロから1を立ち上げる、いわゆる「ゼロ・イチ」の魅力を肌で感じることに。また、起業家たちとのふれあいのなかから、多くの学びも獲得する。 「サイバーエージェントの藤田晋さんからは、“起業するなら早いに越したことはないよ。自分で経営する時間の長さが大事。経験がより多く積めるから”という言葉をいただきました。卒業するまでには、なんとか事業として成立させるというタイムリミットを設けてやり遂げました。それが私の就職活動のようなもの」 そこから走り続けること約20年。現在は、カラーコンタクト事業や建設事業、また最先端の感染症検査事業なども手がけており、多岐にわたり経営手腕を発揮する。 「社会のニーズに対して、その事業が本質的な解決として成立しているか。これが事業の成長に欠かせない要件だと思っています。あとは、波に乗れるかどうか。例えば、ITバブルが2000年、その後、携帯コンテンツ、ゲームコンテンツのバブルがありました。その波にいち早く乗れたところが、大きな成功をつかんでいます。やはりスピードが勝負。時代のニーズに対して、すぐに最先端の技術を導入、運用することで応えていくかが大事だと感じます」 目下成長中だという検査事業などはまさに、植島さんが「理系ナビ」の人的交流が生み出した賜物だろう。 「理系で育ってきた人たちの技術こそが必要な事業です。大学の研究室では行わないけれど、社会のニーズにマッチしたもの。これは私が右も左もわからないなかで、“ゼロ・イチ”で立ち上げた事業。検査機器の導入も直接メーカーに電話で問い合わせ、ひとつひとつ課題をクリアして、規模を拡大してきました。適材適所という面で、理系ナビというリソースを活用できたことが功を奏したといってもいいかもしれません」 スピード感と、まずは挑戦してみるという姿勢。それこそが植島さんを支えている原動力のように見受けられる。 「まずは、やってみる。考えるだけ、アイデアを思いつくだけの人はごまんといると思いますが、私はいてもたってもいられずすぐ動いてしまう(笑)。そのアイデアがいいかなんて誰もわかりません。100%完璧なシステムを構築してからではなく、トライ&エラーを繰り返して最善の道を探っていく。そうでないとスピードが追いつかないですから」 時間と人。その両方を大事にする植島さんらしい、仕事への向き合い方のように映る。
「40歳を迎えて、時間をどう使っていくか。働くことも時間の使い道のひとつです。近年子供が誕生しまして、趣味だけでなく、家族との時間も必要になるなかで、より充実した時間を過ごしたいという思いが強まっています」 植島さんにとっては、収入を得るということが仕事の目的ではないという。自分にとって有意義な時間だからこそ。 「ワクワクできるかどうかが大事。その事業が面白いと思えるか。やはり “ゼロ・イチ”の事業を構想しているときは楽しいですね。反対に私は、1を3に、とか、5を10にするのは苦手なので、それ以降は優秀なスタッフに任せています(笑)」 植島さんの濃密な時間を過ごすパートナーが、「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」。目下溺愛中という。取材当日もブルーグラデーションのジャケパンスタイルに、ブルーダイヤルのクロノグラフをオン。クールに引き締まった印象を醸し出している。 「若い頃からずっとファッションは好きでしたので、時計をアクセサリー感覚で楽しむのが基本です。ですので、オーデマ ピゲが生み出すグラデーションは見とれるほどの美しさです。気分やファッションで付け替えたいので、すぐにバーガンディダイヤルのモデルも入手してしまいました(笑)。そちらは、赤い靴に合わせたり、差し色として使ったり。2色あると楽しみも広がりますね」 ファッション好きというだけあって、素敵な色合わせを楽しんでいる模様。まさにオーデマ ピゲとの時間もワクワクしたものに。 「そろそろ、ロイヤル オークも手に入れたいと考えています。そちらもワクワク。先に妻が入手しているので、私も早く追いつきたいです(笑)」
40代に入って、有意義な時間をつくりのいい腕時計と過ごす意味も改めて感じるようになった。言い換えれば、ファッションアイテム以上の価値を感じている模様。 「昨年、銀座店の地下で催されたVRコンテンツを体験しました。スイスはル・ブラッシュの工房で、そのひとつひとつが丹精込めて手作業で作られていることが臨場感たっぷりに伝わってきました。このときから時計の見方が180度変わりました。さすがは歴史あるオーデマ ピゲ。実際にスイスにも訪れてみたいですね」 そして、そこには、理系ならではの視点も垣間見せてくれる。 「トランスパレントの裏蓋からは、技術者たちの非常に繊細な手仕事を肌身に感じられるのがいいですよね。私たちの技術者も、時計職人と同じように、日夜、非常に繊細な作業に従事してくれています。ですので、精度の高い時計づくりには、そうした人の仕事、人の力には、同じようなものを感じられるのです」 中身を誇れる価値。それこそが大きな魅力だという植島さん。趣味のアートとにも通づるものを感じている。 「大量生産品とは異なり、手作業で生まれた工芸品。ひとつとして同じものがないという点では、アートのオリジナル作品にも同じような感覚を覚えます。アートは渋々シルクスクリーンのエディションで我慢することもありますが(笑)。時計の場合は、ひとつひとつがオリジナルですからね。その価値は価格以上に感じます」 人と人を繋いで新たなものを創生してきた植島さんだからこそ、人が生み出すものの価値をより重く感じられるのだろう。そして、それに値するアートピースとしてオーデマ ピゲを肌身離さず愛用する。きっとこの先も植島さんのワクワクする時間を刻むことになるはずだ。
【プロフィール】 植島幹九郎(Kankuro Ueshima) 1979年千葉県生まれ。東京大学工学部在学中の2002年に、文系学生よりも情報が少ないとされる理系学生に対して、就職支援・採用支援を整えるべく「ドリームキャリア」を設立。2005年にはキャリア情報誌「理系ナビ」を刊行、翌2006年には、インターネットサイト「理系ナビ」をグランドオープンするなど、その後もITを活用した包括的な理系学生の就職サポートを展開している。また、医療機器やカラーコンタクトレンズを扱う株式会社ナチュラリや建設会社のトーキョー工務店など、複数の事業に携わるマルチ経営者。著書に『「自分を活かす」進路を選ぶ!最新理系就職ナビ』(講談社)。
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